「川瀬敏郎 一日一花」 (新刊)
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 定価 3,675円(税込)
 
■「川瀬敏郎 一日一花」 (新潮社)のホームページは こちら
 
■書評
* 読売新聞 2013/3/25

 (ツバキ 3月11日)

 震災後、いけ続けた1年間
 
 震災後は「しばらく花を手に取る気持ちがしなかった」が、被災地に春が訪れ、人々が花を眺める光景を目にして、「どんな時代も季節は変わり、花は咲く。人間の命の原点に立ち帰るために」との思いから再び草花を手にした。2011年6月から1年間、新潮社のホームページに日々、自作を発表。「苦しくつらい作業」とも振り返る。

 1作品ずつ1ページに収め、昨年末に刊行された写真集には、祝祭的な華道の印象を離れ、シンプルで、野の草花を用いた作品が並ぶ。小さな花や実、時には捨てられてもおかしくない虫食いのある葉を使う。「自分という存在が花を生けるという行為に興味を失った。自らが花に投げ込まれる心で生けた」と話す。「『生ける』ことと『生きる』ことについて思いを深め、もう一度、原点から花を見つめている」とも。立派な花を望む心は去り、日本人が古来慈しんできた花の道を探求する。

 そこには幼少時の能楽体験、若き日に書写した世阿弥の「花伝書」、能に造詣の深かった白洲正子に受けた影響がある。「能も花も『私』を超えた宗教的な側面があり、根本に鎮魂の重いがある。そして『主客一体』という共通点もある。

 20日に東京都内で行われた出版記念の講演会。「たかが花。されど花。もの言わぬ花こそ、多くの語るべきものを持っている。それを日本人は知り抜いているのでは」。そんな思いを、川瀬は多くのファンに語りかけ、「一日一花。一瞬が重なって1年。それが一生につながる。震災で自分が丸裸になり、真っすぐな心で生きてきた日本人、日本の国のありようを考えるようになった」と結んだ。

文=塩崎 淳一郎氏





* 朝日新聞 2013/2/17

 (アオキ 2月17日)

 「花人(かじん)」として花をいけ続けてきた著者が、東日本大震災の後、生まれて初めて花を手にすることができなくなったという。

 しかし、被災地に生きる人たちの、花をながめる「無心の笑顔」をテレビで見て、無性に花をいけたくなった。そして、一日に一花を毎日「たてまつる」ことにした。

 本書には、その営みの一年分が一ページに一日の形で収められている。だから、その日その日に開く楽しみがある。たとえば、2月17日の場合、「花」は青木(アオキ)のみと実にシンプルだ。そこに「緑の部分が地上に出ていたところ。復興を願いつつ」という著者の言葉が添えられている。すべてが「手向け」の花となっている。

 一度だけしか現れない花もあれば、青葛藤(アオツヅラフジ)のように繰り返し登場してくる花もある。2月には躑躅(つつじ)のつぼみと対照を成す枯れた葉として、9月には「秋の山ではまず青葛藤をさがすくらい、心惹かれる実ものです」と主役級で、11月には竜胆(リンドウ)の引き立て役としていけられるのだ。

 異なる姿に、異なる役割。もし人が季節の変化とともにあろうとするならば、きっとこのように、構えを柔軟に変化させる必要があるのだろう。そしてその構えを見いだした時、あるいは見えるようにした時、自ずと美が残る。生まれるものではない。すでにあったものとして美は浮かびあがってくるのだ。「物数はみなみな失せて、善悪見所は少なしとも、花は残るべし」と世阿弥も言っていたではないか。花を残していく努めが私たちにはある。一日に、あるいは一生に、一花と。

文=保坂 健二朗氏(東京国立近代美術館主任研究員)





* 京都新聞 2013/1/31

 (ツバキ 3月11日)


 (ハランとキショウブ 3月12日)

花と命 日々見つめ

 出版社運営のホームページ上で、2011年6月から1年間にわたって発表をした作品をまとめた。震災発生から1年を迎えた12年3月11日には「夢」という品種のツバキ1枝を生けた。「このツバキが偶然手元にあって、それを見た途端『この花はこの日にしか使えない』と思った」と話す。品種名に心の中に抱く希望を重ねた。

 翌12日には枯れかけたハランに若い芽をつけた根付きのキショウブの組み合わせ。消えゆくものと新たな命をともに一つの花瓶に入れることで命の循環を表した。「朽ち果てたとしてもそこに必ず次の命をつないでいる。しっかりと張った根も命の姿では」

 震災後、花の命の持つ力をあらためて感じると同時に、草花がつなぐ命に生と死を重ね合わせた川瀬さん。ほかにも、静かにつるを垂らしたヒルガオや力強く伸びるツクシなど、取り上げたのは身近にある草花ばかり。花を「生けない」ことに心を砕いてただ水の中に放った。。自己表現の芸術ではなく、祈りに近い取り組みだ。

 意識しない花や人との出会いが、毎日生け続ける営みを支えたとも話し、「花を届けてくれる方も多く、全体を見るとたくさんの人と作った曼陀羅のようです」と語る。

 かつて「人は花の姿を見て誰かの面影を重ねたりしてきたのでは」とも語る。「そうやって花と心を通わせ、命のありかを感じてきたことが花を生ける原点だったのではないでしょうか。」

文=大田敦子氏





* Meets Regional 3月号

人それぞれの、祈りのかたち。

(抜粋)
 1日1ページ。写真には日付と川瀬による短いことばと、草花の名前、そして器の名前が記されている。とてつもない本だ。なにしろ、毎日、花を探し、それにふさわしい器を選び、いけるのである。どの写真にも緊張感があるが、いやなものではない。いけられた草花は、必ずしも完全な状態ではない。虫に食われていたり、少し枯れているものもある。だが、素直にそれが美しいと思う。枯れかけた花を見て美しいと感じている自分自身に驚く。
 
 野山に生えている花を切ってきて、器に入れる。それを室内に置く。ただこれだけのことなのに、世界が変わる。いけばなとは恐ろしいものだ。
 
 あとがきによると、川瀬は東日本大震災のあとしばらくして、この「一日一花」をはじめたという。「生者死者にかかわらず、毎日だれかのために、この国の『たましひの記憶』である草木花をたてまつり、届けたいと願って」と書いている。この花も器も、花人にとっての祈りのかたちなのである。

文=永江朗氏


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